ヒラヤマコブハナカミキリは、日本に分布するカミキリムシ科ハイイロハナカミキリ族の一種です。鮮やかな橙赤色の前胸と黒い上翅のコントラスト、そして前胸側面に発達した力強い「コブ」状の突起が特徴とされています。いわゆる洞のカミキリムシです。



基本情報
| 体長 | 9~13㎜ |
| 分布 | 本州、四国、九州 |
| 食草・寄生植物等 | 各種広葉樹 |
| 成虫出現期 | 4~6月 |
観察と撮影後記
ヒラヤマコブハナカミキリは、前胸の鮮やかな赤色と力強い側突起が印象的な、山地性の希少なハナカミキリです。本種の和名は、大正から昭和期に活躍した昆虫学者・平山修次郎氏への献名に由来します。写真のようなカエデ等の洞で観察されますが、その発生は局所的です。
ところで、ネット上で確認できる写真はすべて「樹洞」でのもので、花に来た写真はこれまで見たことがありません。
花に訪れる姿には憧れますが、発生時期や条件の合う花を考えるとカエデになります。しかし、樹洞のあるような環境のカエデは高所にあることが多く、三脚を立ててもはるか上で、そもそも花に来ているかどうかの確認すらできません。
この分野については、これからの若い方やプロに任せようと思います。
【平山修次郎氏と手塚治虫の関連について】
本種の和名に名を残す平山修次郎氏は、1941年に『原色千種昆蟲図譜』を発刊しました。この図鑑は、漫画家の手塚治虫氏が小学校5年生の時にクラスメートから見せられ、昆虫採集や描写に没頭するきっかけとなった一冊として知られています。手塚氏はこの図鑑で「オサムシ」を知り、自身のペンネームに「虫」の字を加えたというエピソードは有名です。また、かつて東京都武蔵野市(井の頭公園近隣)に存在した「平山博物館」の所蔵標本の一部は、現在、兵庫県立昆虫館や千種川グリーンライン昆虫館に引き継がれています。
学名について
ヒラヤマコブハナカミキリ / Enoploderes bicolor Ohbayashi,1941
1.属名: Enoploderes (エノプロデレス)
ギリシャ語の「enoplos(ἔνοπλος:武装した、武器を持った)」と「deras(δέρας:皮、転じて首や前胸)」の合成語です。前胸背板の側面に鋭いコブ(突起)を持つ、本属の形態的特徴を「武装した胸部」と例えたことに由来します。
2.種小名: bicolor (ビコロール)
ラテン語で「2色の(bi=2、color=色)」を意味します。前胸背板の赤色と、上翅の黒色の鮮やかなコントラストを表現しています。なお、本種は日本固有種であり、亜種の分化は認められていないため、日本に分布するものが指名亜種となります。
3.命名者と年号: Ohbayashi, 1941
命名者は大林和雄(Kazuo Ohbayashi)。日本のカミキリムシ研究に多大な貢献をした専門家です。記載文献: Ohbayashi, K. (1941) “Descriptions of some new species of Cerambycidae from Japan.” Transactions of the Kansai Entomological Society, 11(2): 11–20.
【和名の由来】
本種の和名「ヒラヤマ」は、前述の通り昆虫学者の平山修次郎氏に対する献名です。「コブハナカミキリ」は、前胸背板にコブ状の突起を持つハナカミキリであるという形態的特徴を端的に表しています。
大林和雄氏の概要と功績
1. 日本産カミキリムシ分類学の先駆者
大林氏は、昭和初期から戦後にかけて活動し、日本国内の膨大なカミキリムシの種を精査・記載しました。それまで未整理だった日本産カミキリムシ相を学術的に整理し、多くの新種や新亜種を命名・発表したことで知られています。
2. 「大林コレクション」と研究基盤
氏が長年にわたり収集した膨大な標本群(大林コレクション)は、その正確な同定と保存状態の良さから、後進の研究者にとって極めて重要な比較検討材料となりました。これらのコレクションは現在、国立科学博物館などに収蔵・管理されており、現代の分類学においてもリファレンスとして活用されています。
3. 主な業績と記載種
今回取り上げたヒラヤマコブハナカミキリ(1941年記載)をはじめ、多くのハナカミキリ亜科やフトカミキリ亜科の種を記載しました。彼の記載論文は、当時の限られた資料の中で形態的特徴を鋭く捉えたものが多く、現在でもその妥当性が高く評価されています。
4. 次世代への継承
大林和雄氏の昆虫学への情熱と知見は、息子の大林延夫(Nobuo Ohbayashi)氏(愛媛大学名誉教授、日本カミキリムシ研究の第一人者)へと引き継がれました。親子二代にわたる研究は、日本のカミキリムシ分類学が世界的に見ても極めて高い水準に達する大きな要因となりました。
専門家としての補足 1940年代(戦中・戦後)という困難な時期に、正確な記載文を伴う新種の発表を継続していたことは、日本の昆虫学史において特筆すべき事項です。氏の活動がなければ、現在の『日本産カミキリ大図鑑』等にまとめられている詳細な分類体系の構築は、数十年遅れていたと言っても過言ではありません。
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