キベリカタビロハナカミキリは、日本に分布するカミキリムシ科ハイイロハナカミキリ族の一種です。上翅の色彩変異が著しく、黒色の地に黄褐色の縁取りがある個体のほか、全体が黒化する個体や、逆に黄色部が広がる個体などが存在します。主に本州の中部山岳地帯など、標高の高い亜高山帯の針葉樹林に生息します。


基本情報
| 体長 | 14~22㎜ |
| 分布 | 本州(中部山脈)、九州(中部山脈) |
| 食草・寄生植物等 | 幼虫:オオシラビソ、トウヒ、カラマツなどの針葉樹。 成虫:訪花性があり、ノリウツギなどの花の蜜や花粉。 |
| 成虫出現期 | 6~8月 |
観察と撮影後記
学名の属名から、愛好家の間では「パキタ」という愛称で広く知られています。
北杜夫氏の著書『どくとるマンボウ昆虫記』において、本種は収集家を熱狂させる対象として描かれています。作中では、採集者が互いの獲物を探り合い、本種を手に入れた際の高揚感や、譲り受けようとする際の心理戦がユーモラスに綴られています。
以下引用
二人ともカミキリムシに熱をあげているとこんな具合になる。
一方が採集旅行から戻ってくる。
ニコニコしている。
奴め、なにか珍種をとったな、
ともう一方はやっかむが尋ねずにいられない。「なにか獲物がありましたか?」
「なにね、ほんのちょっと。ウフフ」
「一体なんです?」「なにね、珍しくもないキベリカタビロハナカミキリですよ」
こちらはドキリとする。
自分も前々から欲しいと思っていた種類なのだ。「キベリですって?一匹ですか」
「なにね、五匹ばかり。ウフフ」
「五匹!」と、こちらはうなる。
それから自尊心をおしころして、猫撫声をだす。
「そいつはすばらしい。ところで..お裾わけにあずかれるでしょうな」
「ひとつは上翅がすっかり黄色になっている例のクサマイという変種なんです。
もう一つは亜種タマヌキイらしい。
おまけにほかの三匹もそれぞれ中間型なんです。
個体変化を調べたいので残念ながら...」
本種が虫屋を惹きつける最大の要因は、その劇的な個体変異にあります。上翅には基本的に3つの斑紋パターンが存在しますが、特に以下の変異型が有名です。
var. kusamae:上翅がほぼ完全に黄色になる個体(草間慶一氏への献名)。
subsp. tamanukii:北海道亜種(玉貫光一氏への献名)。※本州産でも同様のパターンを示す個体変異が見られます。
これらの斑紋パターンをすべて揃えることは、カミキリムシ屋にとって一つの到達点と言えますが、亜高山帯という限られた環境での採集が必要なため、身の程を知る自分は日本産カミキリムシ大図鑑(むし社)派です。かつて、故・草間氏と一度だけ採集を共にしましたが、今となっては貴重な記憶となっています。ところで、2015年以降、写真どころか視界にも入らないままです。
学名について
1. 属名:Pachyta(パキタ)
この属名は、ギリシャ語の形容詞 “pachys” (παχύς) を語源としています。
意味: 「厚い」「太い」「がっしりした」を意味します。
由来: ハナカミキリ亜科の中でも、本属の種は前胸背板に比べて翅鞘(上翅)の肩の部分が著しく張り出しており、非常に頑強で「肩広(カタビロ)」な体型をしていることに由来します。
2. 種小名:erebia(エレビア)
こちらはギリシャ語の “erebos” (ἔρεβος) に由来し、ラテン語の “erebus” を経由した言葉です。
意味: 「暗黒」「黄泉の国(冥府)」を意味します。
由来: 本種の基本色である漆黒の体色を、光の届かない冥府の暗闇になぞらえたものです。高山帯の厳しい環境に生息する、黒く光沢のある姿を象徴的に表現しています。
補足: 蝶のベニヒカゲ属(Erebia)も同じ語源を持っており、高標高地に棲む黒っぽい昆虫に対してしばしば用いられる命名慣習です。
3. 命名者と年号:Bates, 1884
Henry Walter Bates(ヘンリー・ウォルター・ベイツ): 19世紀のイギリスの博物学者です。アマゾン川流域での探検で知られ、「ベイツ型擬態」の発見者として進化生物学の歴史に名を残しています。晩年、日本から送られてきた膨大な昆虫標本を研究し、日本の甲虫相解明に多大な貢献をしました。本種もその過程で、1884年に新種として記載されました。記載文献: Journal of the Linnean Society of London, Zoology, 18: 212. (1884)
和名の由来
由来: 「キベリ(黄縁)」は、本種の基本型に見られる「黒地の上翅が黄色く縁取られる」色彩的特徴を指しています。「キベリ(色彩)」+「カタビロ(体型)」+「ハナカミキリ(分類群)」という、本種の特徴を的確に繋ぎ合わせた名称。
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