ビャクシンカミキリは、日本に分布するカミキリムシ科スギカミキリ族の一種です。成虫は2本の黄白色の横帯を持つが、一面が黒化している個体もいる。分布は局所的で、ヒノキ科の枯れ木や伐採木で見られます。


基本情報
| 体長 | 7.0 ~10.8㎜ |
| 分布 | 北海道(渡島半島)、本州 |
| 食草・寄生植物等 | ヒノキ、アスナロ、スギ、カラマツ |
| 成虫出現期 | 3~4月 |
観察と撮影後記
ビャクシンカミキリは成虫が活動を開始する時期が非常に早く、3月に発生のピークを迎える典型的な早春のカミキリムシです。そのため、早春のフィールドワークを行わない場合には遭遇が困難な種となります。今回は製材所において本種の姿を確認し、撮影を行いました。
過去、新潟県胎内市で5月3日に採集したことがあります。不思議な日で、当日はアオカミキリも一緒に採集しました。季節と虫の顔が、混乱する時がたまにあります。
学名について
ビャクシンカミキリ / Semanotus bifasciatus (Motschulsky, 1857)
1.属名: Semanotus (セマノタス)
ギリシャ語の「sema(σῆμα:印、模様)」と「notos(νῶτος:背中)」の合成語です。本属の種が、背中(上翅)に特徴的な斑紋や模様を持つことに由来しています。
2.亜属名: Semanotus (セマノタス)
本種は Semanotus 属の亜属 Semanotus に分類されるため、学名を細分化する場合は Semanotus (Semanotus) bifasciatus と表記されます。
3.種小名: bifasciatus (ビファスキアトゥス)
ラテン語で「2つの」を意味する「bi-」と、「帯のある」「帯状の」を意味する「fasciatus」の合成語です。上翅に2本の横帯を持つという、本種の最も顕著な色彩的特徴を表しています。なお、日本に分布する個体群は指名亜種 Semanotus bifasciatus bifasciatus とされています。
4.命名者と年号: (Motschulsky, 1857)
命名者:Victor von Motschulsky(ヴィクトル・フォン・モチュルスキー)。19世紀のロシアの軍人であり昆虫学者です。アジアやロシアの甲虫を数多く記載しました。記載文献:Études entomologiques, 6: 25-63. (1857)
和名の由来
主要な寄主植物の一つであるヒノキ科のビャクシン(白檀)に依存することから、その名が付けられました。
Victor von Motschulsky(ヴィクトル・フォン・モチュルスキー)。19世紀のロシアの軍人であり昆虫学者
1. 「軍人」と「昆虫学者」の二足のわらじ
モチュルスキーは、ロシア帝国軍の大佐という高い地位にありました。彼の昆虫研究は単なる趣味の域を遥かに超えており、軍務の傍ら、あるいは軍務を利用して、ヨーロッパ、コーカサス、シベリア、さらには北米やエジプト、スリランカ(当時はセイロン)まで世界中を飛び回り、膨大な標本を収集しました。
2. 日本の昆虫学への多大な貢献
彼自身が日本を訪れた記録はありませんが、当時、長崎の出島などを通じて海外に流出した日本の昆虫標本を精力的に研究しました。 特に、『Études Entomologiques(昆虫学研究)』という自身の私刊誌の中で、多くの日本産甲虫を新種記載しています。カミキリムシだけでなく、歩行虫(オサムシ・ゴミムシ)やゴミムシダマシなど、現在も日本の普通種として知られる多くの種が彼によって命名されました。
3. 学界の「異端児」としての側面
モチュルスキーは非常に個性が強く、当時の分類学界では物議を醸す存在でもありました。
- 驚異的な記載スピード: 生涯に約4,000種以上の昆虫を記載したと言われています。しかし、あまりのスピードゆえに、すでに他者が命名済みの種を新種として発表してしまう(シノニムの作成)ことも少なくありませんでした。
- 独自の出版スタイル: 前述の『Études Entomologiques』は、自分の研究を素早く世に出すために自ら編集・発行していました。これは当時の保守的な学会に対する彼なりの「反骨精神」の現れとも言われています。
4. 彼のコレクションの行方
彼が収集した膨大な標本コレクションは、現在モスクワ大学動物学博物館に収蔵されています。150年以上経った今でも、世界の昆虫学者が「この学名の基準(タイプ標本)を確認したい」と思ったときには、モスクワにある彼のコレクションを調査する必要があります。
豆知識 モチュルスキーが記載した学名の命名年を見ると「1857年」や「1860年」といった幕末期に集中しています。日本が鎖国から開国へと揺れ動いていた時代に、遠くロシアの地で日本のカミキリムシが次々と科学的に定義されていたというのは、博物学の歴史として非常にロマンがありますね。
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