ベニカミキリ / Purpuricenus temminckii (Guérin-Méneville, 1844)ベニカミキリ

ベニカミキリは、日本に広く分布するカミキリムシ科ベニカミキリ族の一種です。鮮明な赤い上翅と前胸背板に現れる黒い斑紋が特徴とされています。平地から低山地のタケ林や、その周辺に咲く花の上などでよく見られます

2025年44 東京都東大和市

ベニカミキリの産卵

2022年 4月 東京都東大和 竹に産卵中

基本情報

スクロールできます
体長11.1~19.8㎜
分布本州、伊豆諸島(大島)、粟島、佐渡、隠岐、四国、九州、馬渡島(佐賀県)、対馬、壱岐、平戸島、上甑島
食草・寄生植物等モウソウチク、マダケ
成虫出現期4~5月

観察と撮影後記

本種はタケ類を寄主とするため、放置された竹林やその周辺で安定して姿を見ることができます。成虫は日差しの強い日中に活発に活動し、白い花に集まって吸蜜する様子が頻繁に記録されています。赤い体色は緑の葉の上で非常に目立ちますが、これは警告色としての機能を持つと考えられています。動画ではタケへの産卵を紹介しています。

学名について

ベニカミキリ / Purpuricenus temminckii (Guérin-Méneville, 1844)

1. 属名: Purpuricenus (プルプリケヌス)

ラテン語の「purpura(紫、転じて赤紫や赤色)」を語源とし、「紫色の服を着た」という意味を持ちます。本属の多くの種が鮮やかな赤色や橙色の体色を持つことに由来します。

2. 亜属名: Sternoplistes (ステルノプリステス)

ギリシャ語の「sternon(胸、胸板)」と「hoplistes(武装した者、重装歩兵)」の合成語です。胸部の形態的特徴、あるいは本亜属が持つ特有のキチン質の構造を指していると考えられます。

3. 種小名: temminckii (テミンキー)

オランダの貴族であり、ライデン王立自然史博物館の初代館長を務めた動物学者、コーネリアス・ヤコブ・テミンク(Coenraad Jacob Temminck)への献名です。なお、日本に分布する個体群は指名亜種とされています。

4. 命名者と年号: (Guérin-Méneville, 1844)

命名者:Félix Édouard Guérin-Méneville(フェリックス・エドゥアール・ゲラン=メネヴィル)。フランスの昆虫学者。記載文献:Iconographie du règne animal de G. Cuvier, Vol. 7, Insectes: 252 (1844).

和名の由来

和名の「ベニ(紅)」は、本種の最大の特徴である前胸背板および上翅の鮮紅色に基づいた命名であると推察されます。古くから知られる普通種であり、その色彩が直感的に名称に反映されたものと考えられます。

命名者 Félix Édouard Guérin-Méneville

ベニカミキリをはじめ、数多くの日本産昆虫の命名者としてその名が刻まれているフェリックス・エドゥアール・ゲラン=メネヴィル(Félix Édouard Guérin-Méneville, 1799年 – 1874年)は、19世紀フランスを代表する昆虫学者であり、動物学者です。

彼の業績は単なる種の記載に留まらず、当時の博物学の普及と体系化において極めて重要な役割を果たしました。

1. 生涯と主な経歴

活動拠点: フランス・パリを中心に活動。専門分野: 昆虫学(特に甲虫類)が中心ですが、甲殻類や魚類、鳥類についても深い知見を持ち、広範な動物分類学に寄与しました。

出生名は「ゲラン(Guérin)」でしたが、1836年頃から「メネヴィル(Méneville)」を姓に加え、以降はGuérin-Ménevilleとして執筆活動を行いました。文献によって「Guérin」のみで記される場合があります。

2. 歴史的な主要業績

彼は膨大な数の論文と図鑑を執筆しましたが、特に以下の2点は博物学史上、金字塔として知られています。

『キュヴィエの動物界の図解』 (Iconographie du Règne Animal de G. Cuvier)

1829年から1844年にかけて出版された全7巻に及ぶ大著。ジョルジュ・キュヴィエの分類体系に基づき、美しい手彩色の図版とともに膨大な新種を記載しました。ベニカミキリの記載(1844年)もこの著作の中で行われています。

学術雑誌の創刊と編集

1831年に『昆虫学雑誌 (Magasin de Zoologie, d’Anatomie Comparée et d’Étopologie)』を、1838年には『動物学評論 (Revue Zoologique par la Société Cuvierienne)』を創刊。当時の最新知見を流通させるプラットフォームを構築し、欧州の分類学の発展を牽引しました。

3. 分類学における影響

ゲラン=メネヴィルは、当時のフランスが行っていた世界各地への探検航海(例:コキーユ号やアストロラーベ号による遠征)によってもたらされた膨大な標本を精査しました。

日本産種への関与: 19世紀半ば、シーボルトらによって欧州へ持ち帰られた東アジアの標本にも触れており、ベニカミキリのように今日でも学名が変わらずに使用されている種を多く命名しています。

学会への貢献: 1832年に設立されたフランス昆虫学会 (Société entomologique de France) の創設メンバーの一人であり、同会の発展に尽力しました。

4. 専門家としての視点

彼の記載は非常に精密であり、図版の美しさと正確さは当時の最高水準にありました。分類学の黎明期において、混乱していた属の整理や、形態に基づいた厳密な種同定の手法を確立した先駆者の一人と言えます。
一方、昆虫の分類だけでなく、絹糸を生産する「ヤママユガ」などの有用昆虫の飼育・産業化(養蚕業の改良)にも情熱を注いでいた実務的な側面も持っています。
 
 

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