ヤツボシハナカミキリ / Leptura mimica modicenotata Pic, 1901, stat. nov.

ヤツボシハナカミキリは、日本に分布するカミキリムシ科ハナカミキリ族の一種です。上翅に並ぶ黒い斑紋が特徴とされていますが、個体変異が多く以前は同定に注意を要しました。山地の広葉樹林に生息し、夏期にはノリウツギなどの花上でよく見られます。かつてはツマグロハナカミキリと混同されることもありましたが、現在は本種として整理されています。

ツマグロハナカミキリ、自然写真、ノリウツギの花上
ツマグロハナカミキリ、自然写真、花上
2018年7月 岐阜県高山市高根町留之原
ツマグロハナカミキリ、自然写真、花上2
2015年8 月 長野県松本市安曇上高地
ツマグロハナカミキリ、自然写真、
2018年7月 山梨県北都留郡

基本情報

体長 12.6 ~18.1㎜
分布本州、佐渡、隠岐、四国、九州、壱岐、対馬、五島列島(宇久島)、種子島、屋久島
食草・寄生植物等各種針葉樹及び広葉樹
成虫出現期4~8月

観察と撮影後記

ヤツボシハナカミキリは、その斑紋の変異の多さから、かつてはツマグロハナカミキリ等の近縁種との分類・同定が議論されてきました。現在は、本図説の個体を含めヤツボシハナカミキリ(Leptura mimica modicenotata)として定義が落ち着いています(※1ツマグロハナカミキリからヤツボシハナカミキリへの変遷)。外見的な特徴が多様な本種において、写真による同定の悩みがなくなりました。

学名について

ヤツボシハナカミキリ /Leptura mimica modicenotata Pic, 1901, stat. nov.

1. 属名(および亜属名):Leptura (レプトゥラ)

古代ギリシャ語の「leptos (λεπτός)」=「細い、繊細な」と、「oura (ουρά)」=「尾」の2語に由来します。ハナカミキリ類の多くが持つ、後方にむかって細くなる体型を象徴しています。

2. 種小名:mimica (ミミカ)

ラテン語の「mimicus」に由来し、「模倣する」「~に似た」という意味を持ちます。他種との形態的類似性を示唆して命名されたものと考えられます。

3. 亜種名:modicenotata (モディケノタータ)

ラテン語の「modice(適度に、控えめに)」と「notatus(印のある、紋のある)」の合成語です。上翅にある斑紋が、過度ではなく適度な大きさであること、あるいは特定の紋様を持つことを指しています。

4. 命名者と年号:(Pic, 1901)

命名者: Maurice Pic(モーリス・ピック)。19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの昆虫学者で、生涯に数万種の新種を記載したことで知られます。記載文献: “Notes diverses et diagnoses.” L’Échange, Revue Linnéenne, 17: 58. (1901).
追記: 本亜種は当初変種や別種として扱われた経緯がありますが、最新の分類体系(stat. nov.:新昇格/新再定義)に基づき、日本本土(本州・四国・九州)に分布する亜種として整理されています。なお、種としての原記載は Henry Walter Bates (1884) によるものです。

5.stat. nov. (ステータス・ノヴス)

新昇格 / 新地位:本種の学名末尾にある「stat. nov.」は、最新の研究に基づき、その分類上の地位が「亜種」として新しく定義し直されたことを示す専門記号です。古い図鑑では単なる変種(var.)とされていたり、別種と混同されていたりすることがありますが、現在は本表記が最新の正解とされているようです。

 和名の由来

上翅にある左右4対、合計8つの黒い斑紋(八星)に由来します。ただし、個体によってはこれらの紋が消失したり、逆に大きく繋がったりすることもあります。

※1 ツマグロハナカミキリからヤツボシハナカミキリへの変遷

歴史的背景と初期の記載

ヤツボシハナカミキリについては、1801年にファブリキウス(Fabricius)によって Leptura annularis として記載され、その後1884年にベーツ(Bates)が日本産の個体群に基づき Leptura mimica を記載した 。一方で、ツマグロハナカミキリは1901年、フランスの昆虫学者モーリス・ピック(Maurice Pic)によって Leptura modicenotata という学名で新種として記載されている

長年にわたり、これら二種は「翅の先端が黒く、基部が黄褐色であるもの(ツマグロ)」と「翅に黄色の斑紋が並び、八つの星のように見えるもの(ヤツボシ)」という色彩パターンの違いに基づき、独立した種として認識されてきた。例えば、1984年に発行された「原色日本甲虫図鑑(IV)」においては、ツマグロハナカミキリ(L. modicenotata)は独立した項目として扱われており、当時の標準的な認識では別種であった 。

学名および名称の変遷時代・典拠分類学的地位の解釈
Leptura annularis Fabricius, 180119世紀初頭基準種(Palearctic広域分布)
Leptura mimica Bates, 188419世紀末日本産個体群に対する命名
Leptura modicenotata Pic, 190120世紀初頭ツマグロ型の個体群に対する命名
Leptura tsumagurohana Ohbayashi20世紀中期日本国内におけるシノニム的名称

分類学的統合の転換点:今坂の研究と形態学的再評価

独立種としての地位が揺らぎ始めた決定的な要因は、個体変異の連続性が科学的に証明されたことにある。カミキリムシの色彩変異は時に著しく、地域や環境要因によって斑紋の消失や融合が生じることは珍しくない。

1991年の革新的知見

ツマグロハナカミキリとヤツボシハナカミキリが同一種である可能性を強く示唆し、分類体系を刷新する契機となったのは、1991年に今坂正一が「月刊むし」第247号において発表した論文「ヤツボシハナカミキリとツマグロハナカミキリは別種ではない」である 。この研究において、今坂は日本各地から採集された膨大な数の標本を比較検討し、それまで別種を分ける決定的な特徴とされていた色彩パターンが、実際には一連の変異の中に収まるものであることを指摘した。

具体的には、典型的な「ツマグロ型」の個体群の中にも、稀に「ヤツボシ型」に酷似した斑紋を持つ個体が出現することや、その中間的な特徴を持つ移行型の存在が確認された 。さらに、雄交尾器(Aedeagus)などの形態的特徴においても、両者を明確に区分する構造的差異が見出せなかったことが、統合の科学的根拠となった。

形態的特徴の再検討

統合後の視点に立つと、これら二群に共通する特徴がより鮮明になる。体長は12~18mm程度であり、上翅の先端は鋭く抉れた(emarginate)形状をしている 。前胸背板は中央部で膨らみ、側縁は角ばっており、前後縁の内方で強くくびれる 。これらの構造的特徴は、色彩変異に関わらず共通しており、属内における系統的な近縁性を裏付けている。

特徴項目ヤツボシハナカミキリ(広義)の形態変異の範囲
体長12~18mm地域差および栄養状態による変動あり
上翅端抉れている(切断状)特徴的な形状であり、識別点となる
地色暗褐色から黒色地色が褐色から黒色まで多様
触角全体的に細長い黒色から黄褐色まで変異あり
腿節は黒色脛節の基部などは黄褐色になる場合がある

最新の分類体系と亜種構成

現在の日本の分類学界、および最新の図鑑(特に2018年に発行された「日本産カミキリムシ大図鑑」)においては、広域分布種である Leptura annularis の下に、日本の各地域個体群を亜種として配置する整理がなされている

日本における亜種の整理

かつてのツマグロハナカミキリは、現在では主に「ヤツボシハナカミキリ 本州以南亜種」として位置づけられている。

  1. ヤツボシハナカミキリ 北海道以北亜種 学名:Leptura annularis mimica Bates, 1884 分布:北海道、千島、サハリンなど。大陸側の原名亜種に近い特徴を持ち、一般に斑紋が明瞭な個体が多い 。
  2. ヤツボシハナカミキリ 本州以南亜種 学名:Leptura annularis modicenotata (Pic, 1901) 分布:本州、四国、九州、佐渡、壱岐、対馬、屋久島、種子島。かつて「ツマグロハナカミキリ」と呼ばれていた個体群であり、色彩変異が極めて大きく、南下するにつれて、あるいは高標高地において黒化が進行する傾向が見られる 。

このように、学名のレベルでは modicenotata という名称は「種」から「亜種」へと格下げ(あるいは再定義)される形で存続している。和名のレベルでは、混乱を避けるために種名としての「ヤツボシハナカミキリ」に統一される傾向が強まっている。

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