年賀状くらい・・・と言う気持ちもあって、少ないながらも友人、知人などこれまでお世話になったお客様ふくめ、もちろん、身内へも年賀状を出します。

年末のやたら忙しい時期に・・・正確には、気持ち的にせわしない・・・でしょうか・・出すわけですから、こちらの手違い、住所の誤記などで戻ってくる年賀状も何枚か出てきます。お客様など転居されている場合もあります。

そんな、補完的な年賀状も5日頃には完了し、後は、年賀はがきのお年玉抽選を待つ・・・という流れになります。

いわゆる、年頭の挨拶ってものが完了します。

振り返ると、年末は年賀状が最後の仕事で、年始も年賀状というわけで、毎年が過ぎていく事となります。まさに年中行事です。

そもそも、祖母へ年賀状を初めて書いた頃を含めると、50年以上続けているわけですが、そうなると、一番長く続いている年賀状の相手も存在します。

年初からつまらない事を記しておりますが、つまり、長く続いている年賀状は「誰」か・・となりますと、身内以外であれば、それは、かなりの確率で極めて親しい友人となります。

親しいとか、そんな事に関係なく、不義理もなんだろうから・・・・これが一番多いとは思いますが、それでも、年に1度、想い出すのは悪くないなと、たぶん、還暦が近いせいか思うようになりました。

ところで、ようやく本題へ

仕事柄、高齢者と話をする事も多いのですが、2つの意見があるそうです。

1つは、「出す相手がいる間は出した方がいい」とする意見

この意味は、もちろん、出す事ができる=字がちゃんと書ける 程、元気である事も大切ですが、体調や悪かったり等々で、年賀状を出したくても出せない方も年齢と共に増えるそうです。

そんな方でも年中行事の年賀状をもらうと嬉しいそうで、もらわなくても、生きている相手には出さないとね・・・との事でした。

元サラリーマンの意見で、リタイアしたら適正な枚数になったから、なんとかなる・・との事でした。

2つめは、「出さない宣言をする」

これは、高齢になると、いろんな事が面倒となり、年賀状は、それ自体、良いものであるとわかっているものの、書くのは大変だし、義理で出すようなものだから、「出さない」と、宣言するそうです。

確かに年中行事からは解放され、年末の掃除に専念できる上、年始はのんびりも出来ます。元教師の方の話では、枚数が半端ない上、記憶なかったり・・・との事でした。

私としては、文字が書ける間は、その範囲で頑張って出して、書けなくなったら、出さない宣言を選びたいと思います。でも、たぶん、自分は出さなくても、もらうと嬉しい・・・と思います。